今の夫と出会った頃の話です。初めて夫を見た時に「あ、この人髪の毛が薄いな」とは感じていました。髪の毛の量が少なく、同時に1本1本が非常に細くて柔らかいので、ジェルなどで髪を立たせようとしても絶対に不可能な毛質だと思いました。
それでも夫は、デートの度に少しボリューミーな髪型にしてきました。きっとドライヤーで必死に癖をつけて、ケープのような整髪料でガチガチに固めていたのだと思います。
「気になるなら坊主にしちゃえばいいのに」と何度も喉まで出かかっては、グッと飲み込んでいたのです。そんなある日、夫と週末に水族館へ行きました。夫は釣りが好きなので魚自体が大好き、私も水槽の中の魚を観るのがとても楽しみだったので、ウキウキ気分で出発。
館内をすっくりと歩いて魚を観察しながら、アシカやシャチのショーの時間を気にしていました。その水族館の一番の名物は大迫力のシャチのショー。週末ということもあり、観客席には家族連れがびっしりと入っていました。
私たちは全体より少しだけ前の席を確保。ジュースを飲みながらショーの開演を心待ちにしていました。1つ私が気がかりだったことは、そのシャチのショーは、前の方の席に座ると水しぶきがかかって濡れてしまうこと。
飼育員さんの説明を聞いたときには、「もう少し後ろに行く?」と夫に聞いたほどです。その日のディナーはちょっと綺麗めなレストランを予約してあり、普段よりオシャレな服装をしていたので濡れたくなかったのです。
「せっかくいい席とれたんだからもったいないよ」と言う夫に従って、そのまま移動せずに観覧することとなりました。ショーが終盤に進むと、シャチが尾びれで水をバシャバシャと観客席にかけてきました。
キャーキャー言いながらも観客は大喜び。私たちの席は濡れなくて良かったな、と思っていたところに、突然バケツをひっくり返したような水がザバーッンと頭から降り注ぎました。
ポンチョを着ていなかった私たちは全身ずぶ濡れ。せっかくのワンピースからも水がしたたり落ちていました。「ヤダーッ」と言いながら夫の方を向くと、夫の頭はまるでカッパ状態…
周辺の少ない髪の毛を必死にかき集めて天頂部を覆い隠していたのがはっきりとわかりました。夫はしどろもどろでトイレに駆け込み、そのまま15分ほど出てきませんでした。
トイレの中で一生懸命髪型を直していたようですが、乾いても毛にコシが無いので全く立ちません。すごく恥ずかしそうに出てくると「一旦家へ帰ろう」とタクシーで1万円も出して家に戻り、ドライヤーをボーボーあてて髪型を直したようです。
一気に20歳くらい老けた感じの、あのカッパのような髪型は一生忘れません。それを恥じている夫が可哀想で仕方がありませんでした。結婚してからは、夫が美容室へ行くたびに「坊主にするとカッコイイかも」と繰り返し伝えて、数年後に夫は坊主を選択しました。
開き直って薄毛を前面に出すことによって、夫の性格が明るくなったような気がしています。本人ほど周りは薄毛を気にしてはいませんよ。